おじいさんになりたい小学生

お若い方から、蝶ブログをリンクしていただき、とても光栄です。
「とても光栄である」と書きたいところだが、「です」「ます」体で表現したい気持ち。


で、お若い方の年齢は、まあ、なんと、わたしのこどもたちと同じ世代。


わたしには、アラサーの男女3人のこども高級門窗がいる。
こども、といっても、大人であるが。


このアラサー3人。
わたしに似ているのか、似ていないのか知らないが、ほんの少しだけ変わっている。


息子。
彼は、小学生の時から「はやく、おじいさんになりたい」と言っていた。
今、毎日、彼の願いは、どんどん目標に近づいてきている。
こういう目標って、なんの努力もしなくていいから、いいなあ、と、不思議なわたしの感想。


しかし、今は、まだ彼はアラサーで、おじいさんではないので、まだまだ目標はほど遠い。


下の娘の同僚で、この息子の元・高校の同級生とやらがいるそうだ。
その元・同級生の弁によると
「彼は、あんなに純粋だと、社会で護脊椅生きていけないんじゃないかと心配します」
とのこと。


当時の中・高校生のまんまだと、生きていけないだろう。
雑菌だらけの我が家で、しかも超おおざっぱな手抜き子育てで、なんであんなに純粋に育つのか、
親の顔が見たいところだが。親は私なので、ナゾは深まるばかり。
雑菌対応システムがオートセルフで組み込まれているのか。 あくまで、対応であって、自動除去装置ではないはず。


小学生の時は、クラスの同級生のおかあさんに、
「うちの息子みたいな乱暴な、トモダチのいない子にも優しくしていただいて、
とてもあ婚禮統籌文憑課程りがたく思っています」
と言われたような気がする。


別のおかあさんには、「どうやって育てると、ああいうふうになるんですか?」
と、筆記用具を携え(うそです)、メモメモ態勢の人もいた。


高校を卒業し、進路が決まったある日、
息子が居なくなった彼の部屋で、
「ああ、これで子育て卒業。子育て戦争終了」と感慨深く、ひとりで呆然と座っていたわたしがいた。


高校を卒業して、別に住むようになって、もう長い年月が経っている。


たまに帰省したりすると、息子に、おちょくられたり、からかわれたり、わたしは悪戯のターゲットになる。
生活様式について、咎められたりもする、世の中によくいる(らしい)姑のようなこともする。


あまり息子のことはよく知らないのだが、摩訶不思議な人物であることは確かだ。