逃げへん

「切りましょう。内視鏡手術になります」」


 そう告げられて頭の中が真っ白だ。何も考えられない。ただただ怖くて震えてる!


 大腸ポリープの診断だった化療副作用。少し大きく数も多い。悪性化する前に手術となったのだ。


 母さんもそうだった。あの日、診察を終えた母さんは顔色を変え震えていた。そして家族の説得に、まるで聞く耳を持たなかった。


「怖い、怖い。切るのんはイヤや!」


 大腸がん!当事者じゃない僕までブルッた。当人なら、それ以上の恐怖感だったろう。


 親父も僕も、懸命に説き伏せたけど、「怖い怖い」と怯える母さんは追い込めない。結局母さんが自分で決めるのを待つしかなかった。


 母さんが「手術受ける」と決断してくれた時は、本当に救われた。お医者さんに「口からウンコが出てくるよ」と言われたんだよな。母さんには恐怖に勝る宣告だったと思う。


 手術直後、お医者さんに見せられた母さんの大腸の一部。まるでゴムホース!無事に手術が終わった安堵のせいで、思わず笑ってしまった。顰蹙だったよな。母さんが受けた痛みや苦しみを理解できてなかったんだ。


「もう大丈夫やで。手術してよかったやろが」


「アホ!お母ちゃん、どない怖かったか!」


あの時、分かったよ。やっぱり母ちゃんは、おびんたれ(臆病者)やったんや。


 ああー!いまの僕、母ちゃんにそっくりや。小さい頃、しょっちゅう「お前はおびんたれや」と言われたけど、あれ、母ちゃんに丸写しやったからやろ。息子が似てて嬉しかったん違うか。安心しい。やっぱり、俺、母ちゃんの子や。そやから、手術は、やっぱり怖い!怖いんや。怖くてたまらない。


「アホけ、お前は。そんなおびんたれで、一人前の男になれるかいな」


 母ちゃんはそう叱るやろ。不憫な息子は、ほっておけへん。いつもそうやったな。


 そういえば、母ちゃんは、あの手術で、身をもって教えてくれたんかも知れん。息子が年を食って、いつか同じ病気になった時のために。不必要に怖がるのは情けないやろと、自分が見本になってくれたんやな。本当にそうなりかけた今、切実にそう思い至る。


 心配いらへん!手術は怖いけど、母ちゃんは逃げんかった。息子が逃げるわけにはいかんやろ。怖いけど逃げへん!「頑張ったわ」と、いつか母ちゃんに会ったら、そう報告する。その勇気を僕にくれた母ちゃんに「ありがとう!」って言いたいんや。ほんまやで。